自分の子宮を見た女


昨年末、子宮をとった。
病名でいうと、子宮腺筋症、子宮内膜症ということだが、生理の軽血の量が普通でなく多すぎるため、貧血になり、疲れやすく、なかなかつらかった。座ると寝てしまうのはなぜなのか、わからなかったが、気絶していたのだ。身体が持たなかった。子宮の奇形でもあるらしく、私の子宮は大きいらしい。組織をとるときに、子宮の天井というのか、そこになかなかたどり着かないと先生方も言うのでそうなんだなと思う。営業で個人宅に訪問するときも、汚したらどうしようと気が気ではないし、自転車に乗ると秒で染み出すので乗れない。
ミルクティーのようなおりものが出て、心配になって受診した。子宮頸がんや子宮体がんの検査も併せてしてもらい、後日その心配はないと分かった。私の年齢になると、生理を止めるためのピルの服用はできない。代わりに女性ホルモンを減らす薬を閉経まで飲むか、閉経を待つか、子宮をとるか、その3択になる。
いつ来るかわからない閉経まで我慢するのはもう限界だし、それはないな。薬の服用もホルモン剤なので更年期のような症状がでるかもしれなくて、それを閉経までか、これもやだな。ということで、取ってください!とお願いした。
先生が素晴らしい先生だった。ベストドクターに選ばれた先生、女性でも働き続けられるように、自分でクリニックを開業した。スタッフは先生始め全て女性だ。駅からバスが走るけれど、その運転手さんも女性で驚いた。産婦人科は過酷だから女性には務まらない、なくなくやめた優れた先生がたくさんいる。過酷だから務まらないんじゃなくて、続けられる環境を作る努力や協力を男性がしてこなかった。この業界に限ったことではないけれど、勝手な役割分担はやめてほしい。役割分担ではない。家事育児の押し付け、役割の押し付け、金にならない無償労働の強要だ。女性を二級市民にして、面倒な役割を押し付けて、自分たちは思い切り仕事する。経験も積んで、社会的な地位も経済も自分のものにする。私は静かに怒っています。もちろん産婦人科に限ったことではなく、世の中このようになっている。
その中で、頑張り続けてくれた数少ない女性のうちの一人の先生だと思うと、感謝と尊敬の念が湧いてくる。先生にオペして欲しい。してもらえる。幸せだなあ。
先生にお願いした。子宮を見てみたい。なんなら持って帰りたかったけれど、そこは病理検査に出すのでかなわなかった。見せることはできると。でも全身麻酔をかけた後なので、覚えているかはわからないけれど、声はかけるねと。写真はあげる。
で、見ました。これなのか。
想像と違った。
長くなってしまったので、また明日に。


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